伝染性単核症後一時的に軽快したアトピー性皮膚炎の一例

遠藤薫他(大阪府立羽曳野病院皮膚科)
第307回日本皮膚科学会大阪地方会、1991。

 高熱を伴うような重症の感染症に罹患すると、アトピー性皮膚炎の発疹がしばしば一時的に改善する。
 インフルエンザのようなウイルス感染症で多いが、ときに肺炎のような細菌性の感染症でもみられる。
 実際、カポジ水痘様発疹症のような重症の単純ヘルペス感染症で、しばしば同様の現象を経験する。

症例

患者:20歳女性
初診:平成2年2月21日
主訴:発熱、全身倦怠感
家族歴:父兄にアレルギー性鼻炎
既往歴:気管支喘息(4歳ころから18歳)
アトピー性皮膚炎歴:乳幼児はドライスキン程度で軽症。
 10歳ころより悪化。
 ステロイド外用剤でよくならないため、平成2年2月26日から約1カ月当科に入院した。

現病歴:平成3年4月10日頃より、38〜39℃の発熱と全身倦怠感が出現、咽頭痛と腹満が少しずつ悪化。
 4月16日に当科再診時、採血でGOT 147、GPT 92、LDH 1162と上昇していたため、急性肝炎を疑い、当科に緊急入院した。
現症:入院時、著明な咽頭発赤がみられ、頸部・鼠径部のリンパ節が多数腫大していた。
腹部エコー:肝左葉腫大、脾腫(SI40以上、正常SI19以下)、腹腔内リンパ節腫大

入院時(4月18日)検査成績(単位省略):GOT 177、GPT 219、ALP 477、LAP 170、LDH 1213、GTP 156、ChE 196、TP 6.9、A/G 0.9、γ-Glo 28.7、IgE 18420(平成2年2月28日IgE 4920、平成2年10月31日IgE 9290)、赤血球数460万、白血球数13100 (St 20.5, Seg 6.0, Ly 47.5, Mo 7.5, Eo 0.0, Ba 2.0, AtyLy(異型リンパ球) 16.5)、ASLO 333、CRP 6.6、抗核抗体40倍、HBsAg (-)、HBsAg (-)、HAIgM (-)、HAIgG (-)、EBV VCA/IgM <10、EBV VCA/IgG 1280倍、CMV CF 32倍、CMV IgM (-)。

湿疹の状態:入院前は体幹・四肢に苔癬化した紅斑がびまん性に広がり、紅皮症に近い状態になっていた。
 入院時。これらの発疹は、ステロイド外用剤や内服を用いないで、色素沈着を残してほとんど消失していた。
 入院後、安静のみで経過を見た。
 徐々に解熱すると共に、咽頭痛は軽くなり、肝障害が軽減し、異型リンパ球も少しずつ減少した。
 それとともに、もともとのアトピー性皮膚炎の湿疹はかゆみを伴って徐々に悪化し、退院後の6月3日には以前の湿疹状態にもどっていた。
 このとき、肝機能異常は消失していたが、異型リンパ球は2%と残っていた。
 その後、再び少しずつ湿疹は改善し、9月17日の再診時には、多少苔癬化した局面は残っているものの、かゆみを伴った紅斑はかなりよくなっていた。

 表1. 検査の経過
   90.2.27  91.4.18  91.6.3  91.9.17
 白血球数  6600  13100  8300  8000
 好酸球数(%)  14.0  0.0  16.0  9.7
 異型リンパ球  0.0  16.5  2.0  0.0
 EBV VCA/IgG    1280    320
 GOT  12  177  17  15
 LDH  320  1213  704  459
 CRP  0.1  6.6  0.4  0.3
 IgE  4920  18420    12600

考察

 アトピー性皮膚炎の免疫状態はTh2になっているが、重症の感染症ではTh1優位に変化するためにこれが起きると説明されている。

 それではアトピー性皮膚炎を治療するには、生命に影響しない程度に感染症にかかればよいのではいう考え方がある。
 たとえば、発展途上国では様々な寄生虫感染が存在するために、アトピー性皮膚炎は少ないという意見がある。
 サナダムシをわざと腸管内で育てる治療がある。
 顔面にニキビができるようになると、顔面の湿疹は軽くなる。
 アトピー性皮膚炎の湿疹は、ニキビ・毛包炎、単純ヘルペスができるくらい大量にプロトピック軟膏を使うとTh1に変化してよくなることがある。

 伝染性単核症(Infectious mononucleosis IM)の原因として多いEpstein-Barr virus (EBV)は、1964年初めてバーキットリンパ腫より分離同定されたγ-ヘルペスウイルスである。

 EBVは初感染後、Bリンパ球に潜伏感染する。EBVが再活性化すると、Bリンパ球にポリクローナルな活性化を起こす。
 成人のほぼ100%において、EBVに対する血清抗体が陽性になっている。
 シェーグレン症候群(SjS)や関節リュウマチ(RA)などの自己免疫疾患、慢性疲労症候群(CFS)の原因としてEBVが疑われている。

 1972年Nordbringらは、EBVがIgE抗体のレベルを上昇させると報告した。
 1981年にはBarnetsonらは、IM発症後出現したアトピー性皮膚炎について症例報告している。
 1984年Rystedtらは、アトピー性皮膚炎患者と健常人を比較して、アトピー性皮膚炎患者で有意にEBV-VCA抗体が高くなっており、アトピー性皮膚炎の湿疹の増悪にEBVが重要な役割を演じていると報告した(EBV抗体価とIgEの間には有意な相関は認めていない)。
 以上、これまでの報告はすべて悪化要因としてのEBVの関与であり、一時的とはいえ症状の改善に関係するものではない。

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