夜間呼吸困難を主訴として過換気症候群を合併した
穀物アレルギーの1例
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遠藤薫他:夜間呼吸困難を主訴とし過換気症候群を合併した穀物アレルギーの一例。第319回日本皮膚科学会大阪地方会、1993。 |
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患者:52歳、主婦
初診:平成3年9月17日
主訴:食後の全身倦怠感、夜間呼吸困難、鼻閉感
家族歴:孫(0歳)にアトピー性皮膚炎
既往歴:10年前よりアレルギー性鼻炎、結膜炎
現病歴:
平成2年4月ころより、下肢脱力感、頭重患が出現し、大阪府立羽曳野病院(現在大阪府立呼吸器・アレルギーセンター)内科を受診しましたが、原因不明でした。
平成2年11月、結婚式を終わってエレベーターに乗ったところ、呼吸困難感とともに気分が悪くなり、意識消失して転倒、救急車で某病院に入院しました。
なお、結婚式はライスではなく、パンを食べています。
その翌日、当院内科に転院しました。
このとき、食後に現れる全身倦怠感(動き回ると悪化)、頭痛、食後のもたれ感、咳嗽がいそう、肩痛、腰痛、胸痛、鼻閉感、夜間呼吸困難感などがあり、これらに対して治療を受けていました。
その後、内科に外来通院していましたが、大阪府立羽曳野病院皮膚科には、耳介と手指・足指に、かゆみのある紅斑があるために、内科より紹介されました。
皮膚科入院まで臨床経過:
皮膚科の初診時の問診で、患者が、トウモロコシ、小麦食品、特に胚芽入りの小麦製品を食べると、のどにかゆみが起きることが明らかになりました。
とりあえず、トウモロコシと小麦を食べないようにし、パン食はやめてご飯ばかりにしたところ、様々な症状は多少軽くなりました。
ただし、患者さんの話では、お米は念入りに洗わないと、ご飯でも同じような症状が現れるとのことでした。
あれこれ食事制限を続けたものの、相変わらず動き回ると全身倦怠感、咳、呼吸困難感、鼻閉、じんま疹が続くために、平成4年1月14日、原因精査のために皮膚科入院となりました。
入院時検査成績:
BMIが24.7とやや肥満気味でした。
呼吸機能検査でFEV1.0%が77.5%とやや低下し、%FVCが正常であることから、気管支喘息などの閉塞性肺疾患の所見になっていました。
そのために、慢性の呼吸困難があり、肺での換気が不十分であるために、酸素飽和度94.1%、動脈血の酸素濃度(PaO2)が75.7 mmHg(正常80〜100 mmHg)と低下していました。
なお、動脈血ガス検査の正常範囲は、pHが7.35〜7.45、PaCO2が35〜45mmHg、[HCO3-]が22〜28 mEq/Lです。
CRPが0.4とやや上昇していましたが、白血球数5700で正常範囲で、好酸球も4%で正常でした。
入院時検査成績(1)
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身長 |
157.8 cm |
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GOT |
20 |
体重 |
61.5 kg |
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GPT |
16 |
血圧 |
右 90/62 |
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LDH |
228 |
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左 86/60 |
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UN |
14.8 |
呼吸機能検査 |
FEV1.0% |
77.5% |
CRN |
0.8 |
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%FVC |
115.3% |
総コレステロール |
295 |
動脈血液ガス |
pH |
7.423 |
CRP |
0.4 |
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PaCO2 |
40.3 mmHg |
白血球数 |
5700 |
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PaO2 |
75.7 mmHg |
好酸球 |
4% |
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SaO2 |
94.1% |
赤血球数 |
412万 |
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[HCO3-] |
26.0 mEq/L |
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ホルター心電図 |
異常なし |
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IgEは701 IU/mlと高くなっていましたが、必ずしも著明な上昇とはいえませんでした。
特異的IgE抗体(RAST)は、小麦や米など、カモガヤ花粉を含めて、検査したすべての単子葉植物イネ科でかなりの上昇が見られました。
ソバは双子葉植物ナデシコ目タデ科ソバ属に分類されていますが、患者はアレルギーがあるということで食べていません。
皮内テストについては、米とパンは陽性でしたが、小麦は陰性でした。
鳥居製の抗原液に問題があるのか、パンの様に加工されてタンパク質が変性した方が反応しやすいのか、ずっと小麦の反応が続いているためにアネルギーの状態にあるのか、はっきりしませんでした。
同じことは、トウモロコシ、カモガヤ花粉についても当てはまりますが、トウモロコシの現物スクラッチテストが陽性でしたので、鳥居製の抗原液の問題かも知れません。
入院時検査成績(2)
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IgE |
701 IU/ml |
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皮内テスト |
RAST |
(PRU/ml) |
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ハウスダスト |
+ |
小麦 |
56.70 |
ジャガイモ |
0.81 |
米 |
+ |
大豆 |
1.98 |
トマト |
0.56 |
ソバ |
+ |
米 |
26.40 |
卵白 |
0.33 |
パン |
+ |
ソバ |
27.60 |
牛乳 |
0.19 |
小麦 |
− |
トウモロコシ |
57.59 |
カモガヤ花粉 |
47.10 |
トウモロコシ |
− |
大麦 |
11.27 |
スギ花粉 |
0.35 |
カモガヤ花粉 |
− |
ライ麦 |
37.29 |
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大豆 |
− |
オート麦 |
75.97 |
小麦特異的 IgG4 |
<0.3 U/ml |
現物スクラッチテスト |
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トウモロコシ |
+ |
入院中の経過:
入院中は、抗ヒスタミン剤・抗アレルギー剤の内服は用いませんでした。
米のRAST及び皮内テストとも陽性でしたので、入院中の主食はいも類とし、米、小麦などのイネ科の穀類はすべて制限したところ、夜間の呼吸困難感、咳、鼻閉は軽減し、蕁麻疹症状も見られなくなりました。
この時点で、朝10時に胚芽入りのビスケット(マクビティ社製)を2枚食べてもらいました。
食べた直後に、咳、咽頭のかゆみを訴えましたが、前後で測定した呼吸機能検査と鼻腔通気度には異常は見られませんでした。
朝11時にトレッドミルで運動負荷(3km/時、10分間)を行いましたが、自覚症状と他覚症状、呼吸機能検査と鼻腔通気度に異常は見られませんでした。
しかし、午後より全身倦怠感、いらいら感、胃のもたれ感、ふらつきが出現し、翌日まで続きました。
3日後、ゆでたトウモロコシ30gを午後12時30分に食べてもらいましたところ、直後より咳、咽頭のかゆみが現れ、12時50分ころより顔面蒼白となり、手指に振戦が出現しました。
アナフィラキシーショックとして、急いで血管ルートを確保し、ソルコーテフ(注:ステロイド)500mgを急速点滴し、さらにボスミン0.3mgを皮下注し、気分不良が続くため続いてリンデロン(注:ステロイド)6mgを静注しました。
動脈血ガスを調べますと、pH7.516、PaCO2 24.9mmHg、PaO2 111.2mmHg、SaO2 98.2%、[HCO3-] 20.1 mEq/Lと、呼吸生ルカローシスの所見を呈し、過換気症候群と考えられました。
胸部の圧迫感は過呼吸によるものであることが明らかになりました。
その後、再び食パン2枚を食べて、3時間後同様に運動負荷(トレッドミル3km/時、10分間)し、食後2時間後から1時間おきに4回と翌日朝も採血し、食パンを食べる前の血液とともに、血中のヒスタミンを測定しました。(図1)
食べると、トウモロコシのときと同じような異常は見られました。
ヒスタミンはパンを食べて1時間半後、5.6pmol/mlから12.1pmol/mlに上昇していましたが、運動負荷直前には4.9pmol/mlに低下していました。
運動負荷すると、1時間後には9.8pmol/mlと上昇し、2時間半後で10.3pmol/ml、翌日25時間後でも10.9pmol/mlと、高くなった状態が続いていました。
また運動負荷のみで血中ヒスタミン濃度を測定しました。(図2)
運動負荷前7.2pmol/mlでしたが、負荷1時間後13.4pmol/mlと上昇し、2時間半後はやや低下して10.1pmol/mlとなっていました。
結論として、小麦を食べただけでヒスタミンは上昇し、運動負荷がなければ下がりますが、運動するとヒスタミンは上昇しました。
運動のみによる上昇は、小麦を食べたことと直接関連しない可能性が示唆されました。
すなわち、患者は、小麦を食べてもヒスタミンは上昇しますが、動いただけでも、血中ヒスタミンが上昇する状態にあると考えられました。
なお、上昇したヒスタミン値は必ずしも非常に高い数値とはいえません。
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耳鼻科において、トウモロコシの自家製抗原液を右下鼻甲介に滴下し、鼻腔抵抗性、鼻汁好酸球、鼻レントゲン、鼻CTを調べました。
自家製抗原液1:1000液1mlでははっきりした変化はみられませんでした。
後日、自家製抗原液1:10液1mlを滴下したところ、10分後に咳、鼻汁が現れました。
さらに、20分後に全身倦怠感、眠気、胸部圧迫感が出現したため、静脈ルートを確保して経過観察しましたが、特に症状の著明な悪化は見られませんでした。
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結論
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1.患者は、小麦、米、トウモロコシなどのイネ科植物に対して、IgE抗体が高くなっている。
2.これらの抗原に対して、常にじんま疹型のアレルギー反応が起きている。
3.普段これらを食べていると半ば慣れの状態のにあるが、あまり食べないもの、たとえばトウモロコシなどには、強いアレルギーが起きる。
4.このような慣れの状態に対して、運動すると血中ヒスタミンが上昇し、ときに症状が現れることがある。
5.小麦依存性運動誘発性アレルギーとは必ずしも結論できないが、イネ科食品依存性運動誘発性アレルギーと考えた方がよいかも知れない。
6.患者は、アレルギー状態が現れると、それが引き金となり、多彩な過換気症候群の症状が現れる。
7.日常生活で、過換気症候群の症状とイネ科食品依存性運動誘発性アレルギーを客観的に判別するのは難しいかも知れない。
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イネ科植物 |
被子植物単子葉類イネ目
イネ科
イネ目には他にパイナップル科、ガマ科、ミクリ科、ラパテア科、トウエンソウ科、ツルニア科、イグサ科(イグサ、スズメノヒエ)、カヤツリグサ科、トウツルモドキ科、マヤカ科、アナルトリア科、サンアソウ科、カツマダソウ科、ジョインビレア科、エクディオコレア科
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イネ科は143の属に分けられ、主な属(主な種)は、
カモジグサ属(シバムギ)、ヌカポ属、スズメノテッポウ属、ハルガヤ属、オオカニツリ属、カラスムギ属(カラスムギ、エンバク、オートムギ)、スズメノチャヒキ属、カンチク属、オヒゲシバ属、オガルガヤ属(レモングラス)、ギョウギシバ属、カモガヤ属、メヒジバ属、エゾムギ属、スズメガヤ属、ウイケグサ属(ヒロハノウシケグサ)、オオムギ属(オオムギ、ハダカムギ)、ススキ属、イネ属、キビ属、スズメノヒエ属、アワガエリ属(オオアワガエリ・チモシー)、ヨシ属、マダケ属(マダケ、モウソウチク)、メダケ属(アオネササ)、ナガハグサ属(スズメノカタビラ、ナガハグサ)、ササ属(クマササ)、ライムギ属、エノコログサ属、モロコシ属(セイバンモノコシ、コオリャン)、コムギ属、トウモロコシ属、マコモ属、シバ属(シバ、コウライシバ)
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