5.帯状疱疹(Herpes zoster HZ)
ヘルペスウイルス科のウイルス(HHV) |
HHV1 単純ヘルペスT型
HHV2 単純ヘルペスU型
HHV3 水痘−帯状疱疹ウイルス
HHV4 EBウイルス
HHV5 サイトメガロウイルス
HHV6 突発性発疹
HHV7 突発性発疹 |
体内に潜んでいた水痘と同じ水痘−帯状疱疹ウイルス(Varicella-zoster virus VZV)が再活性化して起きるウイルス性感染症です。
VZVは知覚神経節を伝わって三叉神経節や脊髄後根神経節のサテライトに潜伏感染し、何年も過ぎてからもう一度現れます(再活性化)。
再活性化する原因として様々な患者さんの免疫低下がいわれていますが、はっきりしたものではありません。
いわゆる免疫低下には、高齢であること、疲れやストレス、糖尿病や悪性腫瘍などの内科疾患があること、ステロイドの全身投与や抗がん剤、放射線療法などを用いていることが上げられます。
明らかな免疫低下がなくても、HZが見られることがあります。
HZは高齢者によくみられますが、若い人や小中学生にもみられます。
2歳の幼児にこれができた患者もいました
水痘のワクチンが予防効果があるといわれますが、水痘のワクチンをしていた患者さんにHZが発症した患者は今のところ私は経験していません。
HZの症状は、たいてはまず神経支配領域に一致して、痛みから始まります(前駆痛)。
痛みの程度は様々です。
最初はほとんど痛みを訴えない患者さんもいます。
痛みが始まって、数日〜次の日から浮腫性の紅斑が現れます。
続いて、紅斑の上に丘疹が出現し、それが水疱になります。
水疱はやがてびらんになり、黒色痂皮をつくります。
84歳男性にみられた帯状疱疹(HZ)です。
発症3〜4日目です。
胸神経下部(T9-T11あたり)に広がっています。
軽い紅斑、浮腫性紅斑、水疱もみられます。
患者は高齢で腎障害があり、ゾビラックス(400)を常用量より減らして処方しました。
上記患者さんの2日後の状態です。
HZの範囲が広がり、水疱が増えて、黒色痂皮も出現しています。
やむなく、ゾビラックスを朝夕で点滴することにしました。
HZは神経支配領域に一致して現れます。
末梢神経は脳脊髄の左右どちらかから分岐しますので、普通体の片側だけにHZができますが、いくらか中央を越えるともあります。
重症になると、血液・リンパ系を通じて全身に広がり、水痘のような発疹ができることがあります。
頭部の脳神経に対しては、三叉神経(V)領域によくできます。
三叉神経第一枝(眼神経)(上図の@)は、額から頭部にかけての感覚と、結膜・角膜・上下眼瞼や鼻梁の感覚も支配しています。
そのために、しばしば眼圧が上昇します。
運動神経麻痺はまれですが、この領域のHZでは外眼筋麻痺が見られることがあります。
帯状疱疹後の重症の後遺症(たとえば疼痛の強い萎縮した皮膚局面)などがあり、この領域に発症したHZには、比較的軽い場合でもゾビラックスの点滴を推奨しています。
三叉神経第一枝にできた帯状疱疹です。
抗ウイルス剤ゾビラックスを点滴して3日目で、症状は最初よりかなりよくなっています。
それでも上眼瞼はまだ腫れています。
三叉神経第二枝(上図のA)は上顎神経とも呼ばれています。
鼻外方から額外方の皮膚感覚、上顎、鼻腔粘膜下部、鼻咽頭粘膜、硬口蓋、上唇などの感覚も支配しています。
三叉神経第三枝(下顎神経)(上図のB)は、下顎から頬部外方、耳上部周囲の皮膚感覚に加えて、舌、下顎、口腔下面、頬部粘膜、下唇などの感覚も支配しています。
顔面神経(Z)もまた脳神経の一つです。
顔面の運動神経を担当しています。
Ramsay Hunt syndrome (ラムゼイ・ハント症候群)は、顔面神経節をHZが侵し、外耳道や耳介にHZの発疹が出現します。
顔面神経麻痺(ときに他の迷走神経(])、三叉神経、滑車神経(W)・外転神経(Y)、舌咽神経(\)麻痺)に加えて、ときに内耳障害(めまい、耳鳴、難聴など)、味覚障害(舌の前2/3の味覚は顔面神経、後ろ1/3の味覚は舌咽神経の支配を受けています)を伴っています。
麻痺症状があれば、抗ウイルス剤の内服又は点滴に加えて、しばしばステロイドの全身投与(内服又は点滴)が必要です。
脳神経は左右12対(T〜]U)よりなっています。
三叉神経や顔面神経以外の脳神経、嗅神経(T)、視神経(U)、動眼神経(V)、聴神経、副神経、舌下神経なども侵される可能性がありますが、私は経験がありません。
HZの発疹が皮膚表面に見られず、頭部内部にHZが発症すると、侵された脳神経の症状だけという場合があります。
水痘や単純ヘルペスは脳炎を起こすことがあります。
それでは、HZが脳内部にできて、脳脊髄炎の症状が起きることがあるかといえば、まれにそれが起きるといわれています。
実際、頭部のHZ患者さんの髄液をとると、しばしばウイルス感染の所見がみられます。
ただし、髄液に異常があっても多くは症状がないといわれています(無症候性)。
それでも、皮膚にHZの所見のないHZによる脳脊髄炎には、充分注意を払う必要があります。
脊髄の神経は、頚神経(C)、胸神経(T)、腰神経(L)、仙骨神経(S)により構成されています。
頚神経(9対)の知覚神経は、後頭部、首、胸や背中上部、肩、上肢外側、手に分布しています。
胸神経12対より成り、前枝は肋間神経とも呼ばれています。
胸部や上肢内側に分布しています。
腰神経と仙骨神経はそれぞれ5対から構成されています。
L4-L5と仙骨神経のS1-S3が融合して、坐骨神経になります。
これらは、腰周囲や下肢に分布しています。
75歳男性にみられたHZです。
発症してだいたい5〜6日です。
頚神経のC4とC4の領域に一致して広がっています。
最初に症状が現れた頸部は、水疱が黒色痂皮を伴っています。
びらんになると、細菌の二次感染が心配になり、抗生剤の外用剤を塗って、ガーゼ保護をしています。
腎障害や肝障害の有無を確認するためと、多少原因精査をかねて、当科では必ず血液検査をしています。
高齢者や何らかの基礎疾患のある患者さんは、しばしば帯状疱疹後神経痛(PHN)で苦しむことがあります。
PHNは、ウイルス感染によって起きた神経組織の変性による神経因性疼痛と心因性疼痛が合わさって起きるといわれます。
破壊された神経の再生過程での異常が、疼痛過敏を引き起こしているという意見もあります。
PHNは肋間神経領域のHZに多いといわれますが、起きて苦労するのは顔面・頭部のHZです。
それだけに、顔面のHZは重症化しないように治療するのが重要です。
PHNは時として年余にわたって続くことがあります。
また、知覚異常を伴っていると、PHNが起きやすいともいわれます。
治療は、抗ウイルス剤の内服または点滴です。
抗ウイルス剤はウイルスの増殖を抑制するものであり、ウイルスを直接殺すものではありません。
増えてしまったウイルスは自分の免疫で何とか処分しろということです。
それだけに、広がる前に治療を開始するのが重要です。
また、抗ウイルス剤の効果が現れるまで1〜2日かかることもよくあります。
ウイルスに対して対応する免疫のメカニズムができてくれば、よくなります。
従って、薬剤は普通1週間程度投与されます。
抗ウイルス剤としては、
内服では、
成人には、
ゾビラックス(400mg)10錠/分5、
バルトレックス6錠/分3、
ファムビル6錠/分3、
子供には、
ゾビラックス顆粒(40%)1回25mg/kg、4回/日、
バルトレックス顆粒(50%)1回25mg/kg、3回/日、
点滴では、
ゾビラックス(250mg)を、8時間毎に3回/日、外来では2回/日、1時間以上かけて、ゆっくり点滴静注しています。
抗ウイルス剤の吸収は個人差が大きく、吸収がよくないときはほとんど効かず、点滴に変更することがあります。
逆に、実際よりも吸収がよいときは、抗ウイルス剤による脳症、いわゆるアシクロビル脳症が起きることがあります。
アシクロビル(ゾビラックス)の血中濃度が高くなって起きるアシクロビル脳症は、腎障害のある患者さんでしばしばみられます。
この脳症は、発熱や頭痛、けいれん、意識障害などはなく、幻覚や錯覚などのせん妄症状を特徴としています。
プロベネシドなど他の薬剤を内服していると、起きやすくなるともいわれます。
PHNの治療は難しいものです。
非ステロイド系抗炎症剤(たとえばボルタレン、ロキソニンなど)、いわゆる痛み止めは、PHNの神経痛にはあまり効果がありません。
ビタミンB12(メチコバール)やビタミンB1(アリナミンF)などがよく処方されますが、効果は限定的です。
心因性要素があるということで、抗うつ剤のトリブタノール、テトラミドなども用いられています。
抗けいれん剤のテグレトールの内服も用いられることがあります。
最近、末梢神経障害の治療薬としてリリカ(プレガバリン)が、よく用いられています。
この薬剤は、中枢神経系のCaチャンネルに補助的に機能しているα2σサブユニットに結合して、Caの流入を抑制し、グルタミン酸などの神経伝達物質の遊離を抑制します。
さらに脳内のGABAを増加させ、GABAによる神経系の抑制作用を示します(同じような作用を持つものとしてガバベン(ガバペンチン)という抗てんかん剤があります。このガバリンは神経性の疼痛の治療にも用いられています)。
リリカは腎排泄の薬剤であり、腎障害のある高齢者には要注意です。
また眠気があり、ふらついたり、集中力を低下させることがあります。
自動車を運転しているときは内服しない方がよいかもしれません。
私はやっていませんが、PHNに対して、イオントフォレーシス、神経ブロック、ハリ灸、トウガラシの成分のカプサイシンの外用も行われています。
トウガラシをウォッカなどの高濃度アルコール溶液につけ込んで、抽出されたトウガラシ成分カプサイシンをかゆみ止めに用いることができます。
カプサイシンは、研究用薬品として、とても高い価格で手に入ります。
私は、難治性の肋間神経痛の患者さんに抗ウイルス剤を処方し、かなり効果があった経験があります。
HZまたはHSVが皮膚に発疹が出ない形で神経障害を及ぼしているということになります。
HZは普通再発しないといわれますが、部位を変えて2回以上HZが出現した患者がいるのも確かです。
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