8.アトピー性皮膚炎はステロイドを外用していると女の子ができやすいかもしれない
(症例と統計分析)
アレルギーの臨床、281:890-895、2001
はじめに
アトピー性皮膚炎は難治性であるためにしばしば長期にわたってステロイド外用剤を使用している。
その外用剤の下垂体・副腎皮質系に及ぼす影響については、筆者も過去に報告している。
しかし、性ホルモン系に対しては、これまで全く調べられていない。
今回、外来通院中ステロイド外用剤を使用していた患者で妊娠・出産した例を報告するとともに、過去10年間にわたって調査した子供の性別の結果を報告する。
症例1:28歳女性
初診日:1997年1月28日
家族歴:妹に気管支喘息。
既往歴:アレルギー性鼻炎、結膜炎。
現病歴:乳幼児期よりアトピー性皮膚炎がある。
中学生ころまでは肘窩などに限局し、悪化時ステロイドを外用していた。
高校生ころより徐々に皮疹は拡大し、仕事を始めてからさらに増悪、顔面や躯幹にまで広がった。
10〜30g/月のステロイド外用剤で皮疹をコントロールしていた。
24歳のとき結婚、皮疹は一時やや軽減した。
翌年夏より再び悪化、ステロイドを10〜15g/月を外用していた。
同年12月末に妊娠、さらに悪化し、当科初診した。
初診持現症:顔面は額部・眼囲・頬部・鼻唇部などに紅斑が強い。
頸部から胸上方にびまん性に紅斑が広がり、背部には円形・環状疹が散在性に多発している。
肩から上肢外側にドライスキンを伴った発疹がびまん性に広がる。
肘窩・膝窩など間擦部には発疹はほとんどなく、大腿内側から下腿にも落屑を伴って斑状に紅斑が認められる。
初診時検査所見:白血球数11200 /mm3、好酸球数1062 /mm3、LDH 441 U/L、IgE 612 IU/ml、RAST(Df 8.03 Ua/ml、カンジダ10.80、カモガヤ花粉3.92)。
臨床経過:初診のとき妊娠4ヶ月。ステロイド外用量を50g/月程度にして皮疹はコントロール可能となった。
7月末に女児を出産し、その後徐々に皮疹は軽減した。
しかし、10〜20g/月のステロイドをずっと外用していた。
2年後の4月に再び妊娠、皮疹も同様に悪化。
30〜40g/月にステロイド外用量を増量した。
11月末、女児を出産。
症例2:21歳女性
初診日:1990年9月17日。
家族歴、既往歴:特記すべきことなし。
現病歴:生後まもなくより全身に湿疹があり、かなり大量にステロイドを外用していたが、詳細不明。
その後冬季に悪化、夏季には軽くなることを繰り返していた。
2年前、看護婦の仕事を始めたころから夏もひどくなってきた。最強レベルのステロイドを毎日1.5本(7.5g)を外用しており、コントロール不能のときは、ステロイドの内服または筋注もしていた。
全身の発疹がよくならないため、当科を初診、入院となった。
初診持現症:顔面は額部・頬部などを中心に紅斑が見られ、光線過敏の合併も疑われた。
躯幹・四肢は孤立性に貨幣状・痒疹状の発疹が多発、間の皮膚はステロイド外用のために菲薄化していた。
肘窩・膝窩など間擦部には発疹は認められなかった。
長女妊娠までの臨床経過:入院後、ステロイドの外用だけでは皮疹は軽減せず、ステロイド内服を併用。
退院後も全身の痒疹が持続、ステロイドを少量内服しながら100〜200g/月のステロイドを外用。
26歳の時結婚し、ステロイド内服中止。27歳の秋、女児誕生。
長女妊娠時検査所見:白血球数7200 /mm3、好酸球数475 /mm3、LDH 567 U/L、IgE 6770 IU/ml、RAST(Dp 59.05 Ua/ml、小麦 4.54、カンジダ8.67、杉花粉1.39、猫皮屑 22.29)。
その後の臨床経過:妊娠後、急に皮疹は軽減したが、外用量は50〜100g/月であった。
30歳の時2人目妊娠し、次女を出産。
妊娠でさらに皮疹は軽くなったが、外用量はそれほど減っていない。
対象と方法
平成2年1月から平成12年3月に大阪府立羽曳野病院皮膚科を受診した末子が5歳未満のアトピー性皮膚炎患者714名、男218名(平均年齢29.5歳)、女496名(同27.9歳)を対象として調べた。
カルテまたは患者本人の問診から、末子妊娠時(末子出産時よりさかのぼっておおよそ10〜12カ月前の期間)のステロイド外用量、及び末子妊娠以前(末子出産時よりさかのぼっておおよそ13カ月前より以前)のステロイド外用の既往を調べた。
ステロイド外用量は、おおよそチューブ剤として5g/月未満を少量、5〜50g/月を中等量、50g/月以上を大量とした。他医で処方されたものが混合されて容器に入れられている場合、ステロイド外用剤の時はおおむね半量をステロイドとした。
子供の数と性別、血清IgE値、血清LDH値、患者の重症度(顔面、間擦部、体幹、四肢、及び全身)を記載した。重症度はグローバル評価法で、なし、微症、軽症、中等症、重症、超重症の6段階で評価した。
なお重症度は、初診患者ですでに末子が存在する場合は初診時の症状を、当科受診中の妊娠した場合は妊娠時の症状を採用した。
また、末子のアトピー性皮膚炎の有無についても調査した。
統計分析は、群別に分類された2群間の有意差の検定はχ2検定を用い、連続した実数値の検定は対応のないt検定を用いて検定した。
また男女比については正規分布 N(p pq/n)に従うと仮定して、1990年の国勢調査(0〜4歳の人口、男333万人、女317万人)と比較して、比率の検定を行った。
また、この研究は平成11年7月、大阪府立羽曳野病院研究審査委員会で審査され、承認された。
結果
対象患者は、男が軽症以下73名、中等症以上145名に対して、女がそれぞれ213名、283名であり、男の方が症状の強い患者が多かった。
単純平均した血清IgEは、男が3715.2 IU/ml、女が1902.9 IU/mlであった。
症状に相関する血清LDH値も男の方が高かった。
表1.患者の子供数と末子の性別
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|
末子の性別 |
|
男性患者 |
女性患者 |
子供の数 |
男 |
女 |
男 |
女 |
男1人 |
67 |
0 |
145 |
0 |
男2人 |
17 |
0 |
31 |
0 |
男3人以上 |
4 |
0 |
1 |
0 |
女1人 |
0 |
69 |
0 |
150 |
女2人 |
0 |
20 |
0 |
49 |
女3人以上 |
0 |
1 |
0 |
3 |
男1人女1人 |
12 |
20 |
40 |
51 |
男2人女1人 |
2 |
1 |
11 |
2 |
男1人女2人 |
1 |
4 |
6 |
7 |
計 |
103 |
115 |
234 |
262名 |
全子供数 |
156 |
157 |
340 |
387名* |
* : p<0.05 |
表1に患者の子供数と末子の性別を示した。末子の性別を見ると、男性患者の場合、男児103名、女児115名、女性患者の場合、男児234名、女児262名といずれも女児が多い傾向はあったが、1990年国勢調査と比較すると有意差はなかった。
しかし、すべての子供の数を見ると、女性患者の場合、男児340名、女児387名と有意に女児が多くなっていた。
末子妊娠時、男女ともほぼ3分の1がステロイドを外用していなかった。
男の方が外用量が多く、女性患者の場合はほぼ半数が少量(5g/月未満)であった。
一方、男女ともほぼ5人に1人が末子妊娠以前の外用の既往がなかった。
外用の既往がなかったこれらの大部分は、末子妊娠後にアトピー性皮膚炎が発症したものである。
女性患者では、末子の妊娠時にステロイドを外用していると、有意に女児が多く出生した。
男性患者では有意差が見られなかった(表2)。
女性患者の場合、男児145名、女児192名であり、末子の妊娠時にステロイド外用剤を使用していると、1990年国勢調査と比較して有意に女が多くなっていた。
男性患者の場合、男児64名、女児80名と後者が多くなっていたが、有意差はなかった。
表2.末子妊娠時のステロイド外用の有無と末子の性別
|
|
妊娠時のステロイド外用の有無 |
|
男性患者 |
女性患者 |
末子の性別 |
なし |
ある |
なし |
ある |
男 |
39 |
64 |
89 |
145 |
女 |
35 |
80名 |
70 |
192名* |
|
|
* : p<0.01 |
女性患者では、末子妊娠以前にステロイド外用の既往があると、有意に女児が多く出生した(表3)。
男性患者においても有意差が見られた。女性患者の場合、ステロイド外用の既往があると、男児179名、女児224名であり、1990年国勢調査と比較して有意に女が多くなっていた。
男性患者の場合も、ステロイド外用の既往があると、男児74名、女児99名であり有意に女が多くなっていた。
表3.末子妊娠以前のステロイド外用の既往と末子の性別
|
|
末子妊娠以前のステロイド外用の既往 |
|
男性患者 |
女性患者 |
末子の性別 |
なし |
ある |
なし |
ある |
男 |
29 |
74 |
55 |
179 |
女 |
16 |
99** |
38 |
224* |
|
** : p<0.01 |
* : p<0.05 |
女性患者では、末子妊娠時にステロイド外用量が多いほど、有意に女児が多く出生した(表4)。
男性患者でも有意差が見られた。
表4.末子妊娠時のステロイド外用量と末子の性別
|
女性患者 |
末子妊娠時のステロイド外用量 |
末子の性別 |
なし |
少量 |
中等量 |
大量 |
男 |
89 |
101 |
42 |
2 |
女 |
70 |
77 |
111 |
4名 |
|
** : p<0.01 |
男性患者 |
末子妊娠時のステロイド外用量 |
末子の性別 |
なし |
少量 |
中等量 |
大量 |
男 |
39 |
21 |
33 |
10 |
女 |
35 |
11 |
58 |
11名 |
|
* : p<0.05 |
患者の皮膚症状と末子の性別の間(表5)、患者の血清LDH値と末子の性別の間、患者の血清IgE値と末子の性別に有意な相関は見られなかった。
末子のアトピー性皮膚炎の有無と妊娠時のステロイド外用の有無の間に有意な相関は見られなかった。
表5.アトピー性皮膚炎の症状と末子の性別
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|
男性患者 |
女性患者 |
|
皮膚症状 |
皮膚症状 |
末子の性別 |
軽症以下 |
中等症以上 |
軽症以下 |
中等症以上 |
男 |
39 |
64 |
98 |
136 |
女 |
34 |
81名 |
115 |
147名 |
かんがえ
アトピー性皮膚炎に用いられるステロイド外用剤は、これまで内分泌攪乱物質(endocrine disruptors)として扱われていない。
しかし、外用後体内に吸収されて、下垂体・副腎皮質系に影響を及ぼすことから、内分泌攪乱物質の1つと考えられる。
表6は、以前発表したステロイド外用剤によるコーチゾル・ACTHの分泌抑制を示したものである。
この中で外用を中止した患者でも、コーチゾル・ACTHの分泌が少ないことを報告した。
なお、これらのホルモンには日内変動があり、入院して早朝採血したものである。
コーチゾルの正常域は4μg/dl以上、ACTHはのそれは10pg/ml以上に設定している。
表6.ステロイド外用剤による副腎皮質・下垂体の影響
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|
コーチゾル(μg/dl) |
ACTH(pg/ml) |
群 |
<2 |
2〜4 |
4≦ |
<10 |
10〜20 |
20〜30 |
30≦ |
1 |
20 |
7 |
21 |
11 |
8 |
4 |
1 |
2 |
14 |
5 |
42 |
8 |
7 |
4 |
10 |
3 |
25 |
3 |
43 |
8 |
9 |
10 |
4 |
4 |
4 |
2 |
1 |
5 |
1 |
0 |
0 |
5 |
4 |
1 |
5 |
2 |
2 |
1 |
1 |
計 |
67 |
18 |
112名 |
34 |
27 |
19 |
16名 |
対象:1989年9月〜1991年3月に入院したアトピー性皮膚炎患者197名
(男104名、女93名、平均年齢19.8歳)
入院前1カ月間に使用していたステロイド外用剤の量で以下の5群に分類した。
第1群:全く使用していない(中止後の急性増悪を含む)、第2群:5g/月以下
第3群:5〜50g/月、第4群:50g/月以上、第5群:直前までステロイド内服。
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近年、ステロイド外用剤の効果を高めるために、ステロイド環がハロゲンなどで修飾されている。
結果として、長期に皮膚あるいは体内に貯留されることになり、悪影響も長期に持続する可能性がある。
PCBなどは一般に芳香族ハロゲン化炭化水素halogenated aromatic hydrocarbon(HAH)と呼ばれ、これらハロゲン付加されたステロイド外用剤も代謝されにくく、HAHに類似したものといえる。
また、副腎皮質ホルモン、性ホルモン、甲状腺ホルモンの受容体は構造的に類似し、erbAスーパーファミリーという一群を形成している。
ステロイドホルモンの生合成経路は副腎皮質ホルモンと性ホルモンの両方の合成に関係している。
以上のことから、ステロイド外用剤が性ホルモン、すなわち性の分化に影響を及ぼす可能性は否定できないと考えられる。
ステロイド外用剤を使っていると何故女児が生まれやすいのか明らかではない。
たとえば、ステロイドが一種の内分泌攪乱物質として受精時にY精子あるいはX精子に影響を及ぼすのか、発生過程で睾丸決定因子の発現や抗ミュラー管物質の分泌に影響するのか、今のところ適当な説明は存在しない。
しかし、父母の様々な条件のために、生まれてくる男女比が微妙に影響されるという報告はあるようである(1)。
私自身、同じ患者を長く見ていると、不思議と患者の子供に女が多いような印象を持っていた。
1999年春のアレルギー学会で島津氏より報告があり、もっと詳細に慎重に再検討したのが今回の報告である。
しかし、結果についてはさらに規模を拡大して、もう一度検討する必要があると考えられる。
文献
1. Anthony Smith : Sex, Genes, and all that. 1997. 近藤隆文訳、原書房
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