乳幼児アトピー性皮膚炎における
両親のアレルギー調査



遠藤薫、青木敏之他:アトピー性皮膚炎における両親のアレルギー調査。第91回日本皮膚科学会総会、1992 

以前学会報告して、論文にならないまま放置しているものを記載しています。
 
はじめに

 
 アトピー性皮膚炎は遺伝的疾患であることは間違いはない。
 アトピー性皮膚炎の遺伝様式については、
   多因子遺伝、
   常染色体優性遺伝、
   常染色体劣性遺伝
という3通りの意見があります。

 Luuoma(1983)らによると、子供が5歳の時のアレルギー疾患のリスクは、
 父母のどちらにもアレルギーの既往がなければ20%であるのに対し、
 父母のどちらか一方にアレルギーがあれば50%、
 父母の両方にアレルギーがあれば66%
となると報告しています。

 また双子調査によるアトピー性皮膚炎の一致率(Proband concordance rate)は、Larsenらの報告によると(1986)、
   一卵性双生児(Monozygote)で0.86、
   二卵生双生児(Dizygote)で0.21
となっています。

 アトピー性皮膚炎は遺伝すると言われながらも、外来診療では、しばしば両親のどちらにもアレルギー疾患の既往がなく、両方の祖父母の間で「うちの家系にはアレルギーはない」というようなもめごとも少なくありません。

 このことは、恐らく、乳幼児期の病気について、父母や祖父母が覚えていないことに起因しています。

 今回、われわれは、大阪府立羽曳野病院皮膚科を外来受診した乳幼児のアトピー性皮膚炎について、両親にアレルギーがあるかどうか調査し、どの程度遺伝的要因が関与しているか検討しました。

 
対象と方法

 
 検査に供した対象は、平成2年3月から4年1月にかけて、大阪府立羽曳野病院皮膚科外来を父母が付き添って受診した乳幼児アトピー性皮膚炎患者83名(男41名、女42名)です。

 患者は生後4カ月から1歳7カ月、平均年齢 9.2カ月で、全員一人っ子を選びました。

 アトピー性皮膚炎の診断は、Hanifin & Rajka の診断基準を用いましたが、湿疹の持続期間は2カ月以上としました。

 患児の湿疹の重症度は、グローバル評価で重症、中等症、軽症、乾燥肌程度の4段階に分けました。

 両親には検査の趣旨と方法を説明し、口頭で同意を得ました。
 なお、検査費用については、両親にアトピー性皮膚炎の疑い病名をつけて、保険本人分を負担していただきました。

 調査方法については、以下の通りです。

 まず、患者および両親に、アレルギー疾患(アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、気管支喘息)が現在(現病歴)、またはよくなったものも含めて過去にもあるか(既往歴)どうか、医師が直接問診しました。
 父母の幼小児期のアレルギーの有無については、できる限りそれぞれの祖母に問いただしました。

 患者に対しては、血液検査でIgEとRAST(ハウスダスト、ヤケヒョウヒダニ、コナヒョウヒダニ、卵白、牛乳、小麦、大豆、米、鶏肉、牛肉)を測定しました。
 IgEは100 IU/ml以上を、RASTスコアは2以上を陽性と判定しました。
 同時に、トリイの皮内テスト用抗原液を用いて、8項目(全卵、牛乳、小麦、大豆、ハウスダスト、鶏肉、牛肉)について皮内テストを施行しました。

 さらに、父母に対しては、血液検査でIgEとRAST(ハウスダスト、ヤケヒョウヒダニ、コナヒョウヒダニ、卵白、牛乳、ブタクサ花粉、カモガヤ花粉、スギ花粉、犬毛、猫毛)を測定しました。
 同時に、トリイの皮内テスト用抗原液を用いて、13項目(ヒスタミン、ハウスダスト、ブタクサ花粉、カモガヤ花粉、スギ花粉、犬毛、猫毛、ソバ、全卵、牛乳、小麦、大豆、米)について皮内テストを施行しました。

 
結果


 問診で得られた父母のアレルギー疾患とアトピー性皮膚炎の有無を表1に示しました。

 平均年齢は、父が30.0歳、母が27.7歳でした。
 
 アレルギー疾患の既往または現病歴は、父の方が有意に多く(53.0%)、母は39.8%でした。
 その中で、アトピー性皮膚炎については、父が15.7%で、母が19.3%であり、逆に母の方が高くなっていました。

 
 
表1 父母のアレルギー疾患とアトピー性皮膚炎の有無

   平均年齢  アレルギー疾患   アトピー性皮膚炎  計  
  あり  なし   あり
 父   30.0歳   44  39  13名  83名 
 53.0%  46.9%  15.7%
 母   27.7歳   33  50  16名  83名 
 39.8%  60.2%  19.3%
 
 

 表2に、父母のアレルギー疾患の種類をまとめました。

 父母とも、アレルギー疾患の既往・現病歴としては、アレルギー性鼻炎が最も多く(それぞれ33.7%と21.7%)みられました。
 父母で比較すると、父は母よりも気管支喘息が多く、母はアトピー性皮膚炎が多い傾向がありました。 

 

表2 父母のアレルギー疾患の種類 

  アトピー性
皮膚炎 
喘息  アレルギー性
鼻炎 
アレルギー性
結膜炎 

いずれか
 
計 
 父   13  13  28  8  44名   83名
 15.7 15.7  33.7  9.6  53.0%   
 母   16 18  33 名 83名
 19.3 8.4  21.7  8.4  39.8%   
アレルギー疾患をいくつも重複してもっている父母がいます。
特に、鼻炎のみ既往・現病歴があったのは、父で15名、母10名です。
 
 
 
 患児83名の検査結果を表3にまとめました。

 患児の血清IgEの幾何平均値は26.6 IU/mlでした。
 なお、0歳健常児のIgEは0 IU/mlです。

 卵白のRAST値が陽性になった患児は43名(51.8%)で、ヤケヒョウヒダニのそれは 4名(4.8%)でした。

 皮内テスト陽性については、全卵で54名(65.1%)、ハウスダストで8名(9.6%)でした。

 何らかのアレルギー検査が陽性を示した患児は、 58名(69.9%)でした。


 

 表3 患児83名の検査結果のまとめ 
IgE幾何平均   26.6 IU/ml  
   RAST陽性  
   卵白  43名(51.8%)
   ヤケヒョウヒダニ  4名(4.8%)
 皮内テスト陽性  
   全卵  54名(65.1%)
   ハウスダスト  8名(9.6%)
 アレルギー検査陽性  58名(69.9%)
 

 表4に、父母のアレルギー疾患の有無に分けて、患児のアレルギー検査陽性率を示しました。

 父母ともに、アレルギー疾患の既往・現病歴のないときでも、アレルギーが陽性の患児は多数みられました。
 父の方が母よりも、アレルギー疾患の有無と患児の陽性率が一致していませんでした。

 父母のアレルギー疾患のあるなしと患児のアレルギー検査の間には、有意な相関はみとめられませんでした。

 

表4 患児のアレルギー検査陽性率と
父母のアレルギー疾患の有無との関係
 
   例数 患児の検査陽性数(%) 
 父   
 アレルギー疾患   あり   44名  28(63.6%)
 なし  39  30(76.9%)
 母   
 アレルギー疾患   あり   33  25(75.8%)
 なし  50  33(66.0%)

 
 表5に、父母のアレルギー疾患の有無と患児のアレルギー検査陽性率を示しました。
 同時に、父母と患児の幾何平均IgE値を併記しました。

 父母ともにアレルギー疾患の既往・現病歴のない場合が、患児のアレルギー陽性率が最も高くなっていました。

 このとき、患児のIgEの平均は25.4 IU/mlで、父母にアレルギー疾患がある場合と比べて、統計的に有意な差違はみられませんでした。
 また、父母のIgEの平均は、アレルギー疾患の既往・現病歴があるときは、有意に高くなっていました。


 
 表5 父母のアレルギー疾患の有無と
患児のアレルギー検査陽性率の関係
 
アレルギー疾患       例数   患児のアレルギー  患児IgE
IgE  母IgE   検査陽性数(%)  (IU/ml)
 なし あり  93.8   103.7   17  13(76.5%) 22.4
あり なし  223.3  36.7  28  16(57.1%) 28.4
なし なし  41.5  46.0  23  18(78.3%) 25.4
あり あり  189.0  69.2  16  12(75.0%)  29.7
 
 表6に父母のアレルギー検査の結果をアレルギー疾患の既往・現病歴の有無に分けてまとめました。

 全体として、乳幼児アトピー性皮膚炎83名の父母には、父で60名(72.3%)、母で54名(65.1%)が、アレルギー検査(皮内テスト又はIgE・RAST)が陽性でした。

 父母がアレルギー疾患の既往・現病歴がないと主張する場合でも、父で39名中21名(53.8%)が、母で50名中29名(58.0%)がアレルギー検査陽性になっていました。

 なお、アレルギー疾患の既往・現病歴がなく、アレルギー検査も陰性であったのは、父でわずか18名(21.7%)、母で21名(25.3%)でした。
 さらに、父母ともにアレルギー疾患の既往・現病歴がなく、アレルギー検査が陰性であったのは、83組中わずかに6名(7.2%)に過ぎませんでした。

 このことを考えると、アレルギー疾患は、十分浸透率penetration の高い常染色体優性遺伝と考えられます。


 

表6  父母(83組)のアレルギー検査の結果

   父母の
アレルギー疾患  
アトピー性
皮膚炎 
 計 
   あり なし   あり
 父        
 例数  44 39  13   83名
 皮内テスト陽性  39
(88.6%)
19
(48.7%) 
12
(92.3%) 
 58
(69.9%)
 RAST陽性  34
(77.3%)
12
(30.8%) 
7
(53.8%) 
 46
(55.4%)
 検査陽性  39
(88.6%) 
21
(53.8%) 
11
(84.6%) 
 60
(72.3%)
 母  
 例数 33 50 16  83名
 皮内テスト陽性 24
(72.7%)
28
(56.2%) 
11
(68.8%) 
 52
(62.7%)
RAST陽性 19
(57.6%) 
16
(32.0%) 

(56.3%)
 35
(42.2%)
 検査陽性 25
(75.8%) 
29
(58.0%) 
11
(68.8%) 
 54
(65.1%)
 
 表7に、父母のアレルギー疾患の既往・現病歴の有無と、1歳5カ月以上に達した患児(46名)の臨床経過からみた重症度との関係を示しました。

 父母にアレルギー疾患の既往・現病歴がないときの方が、患児の湿疹は軽い傾向が見られました。

 
表7  父母のアレルギー疾患の既往・現病歴の有無と、
1歳5カ月以上に達した患児(56名)の
臨床経過からみた重症度との関係
   アレルギー
疾患 
 例数  患児(56名)の重症度 
  中等症以上  軽症  乾燥肌程度 
 父   あり  31 10(32.3%) 10(32.3%)  11(35.5%) 
 なし  25  3(12.0%) 9(36.0%)  13(52.0%) 
 母  あり  22  8(36.4%) 7 (31.8%) 7 (31.8%)
 なし  34 5 (14.7%) 12(35.3%) 17 (50.0%)
 
 表8に、父母のアレルギー検査陽性の有無と、1歳5カ月以上に達した患児(56名)の臨床経過からみた重症度との関係を示しました。

 同じように、父母のアレルギー検査陽性のときの方が、陰性のとき比べて、患児の湿疹が重症の傾向がありました。
 アレルギー疾患の既往・現病歴の有無の方が、患児の重症度に対する影響が大きくなっていました。

 このことは、結局のところ、IgEアレルギーの有無だけが湿疹のレベルに影響しているわけではないことを示しています。

 
表8  父母のアレルギー検査陽性の有無と、
1歳5カ月以上に達した患児(56名)の
臨床経過からみた重症度との関係
   アレルギー
検査陽性 
 例数  患児(56名)の重症度 
  中等症以上  軽症  乾燥肌程度 
 父   あり  43 11(25.6%) 14(32.6%)  18(41.9%) 
 なし  13  2(15.4%) 5(38.5%)  6(46.2%) 
 母  あり  35  10(28.6%) 12(34.3%) 13(37.2%)
 なし  21 3(14.3%) 7(33.3%) 11(52.4%)
 

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