5. アトピー性皮膚炎の民間療法とQOL


Summary

 アトピー性皮膚炎(AD)は精神的要因に重大な影響を受ける疾患である。
 これまで皮膚科医はADの症状の改善のみに注目し、患者を社会に生きる一個の人間として見ていなかった。
 これを補うものとして、QOL(Quality of life)はADの身体的、心理的、社会的状態を総合的に評価する。
 民間療法はまさしくQOLの精神的な部分の低下に起因する。

Key Words / アトピー性皮膚炎、民間療法、QOL

アレルギーの領域、5(4), 58-62, 1998。


はじめに

 アトピー性皮膚炎(AD)のQOL(Quality of life)については、当科の佐野(旧姓角辻)がまとめたデータをもとにして述べる(1)(2)。
 ただしここで述べるQOLは、HQOL(health-related QOL)、すなわち「疾患とその治療が患者に及ぼす機能的影響を患者自身が感じるものとして表現したもの」(Schipper,1993)と定義される。

 ADは慢性・難治性であるがために、患者本人に対して、単に発疹があり、かゆみで眠れないというような苦痛の他に、多様な精神状態を生じさせ、就職差別、不登校、退学・退職、家庭内暴力、人間嫌い、婚姻の不成立などいろんな社会的問題を生み出す。時に患者家族に対しても父母の別居・離婚、嫁姑の諍い、経済的負担の原因となる。

 これらADの身体的、心理的、社会的状態を総合的に評価するものとして
QOLが利用される。それは単に皮疹の変化のみにとらわれた従来の皮膚科医による病勢の評価ではなく、患者を社会に生きる一個の人間としてグローバルに評価するものである。
 ADの治療において現在望まれていることは、医師による画一的な治療ではなく、患者の立場を尊重した柔軟な治療の選択によって患者のQOLを改善することにあるといえる。

 一方、ADにおける民間療法は、多かれ少なかれ患者の医療に対する不信感に起因し、QOLに深く影響を受けているが、逆にQOLに重大な影響を与える要因でもある。
 以前、外来患者を対象として民間療法を調査し、簡単にまとめたことがある(3)。このときの調査の目的の一つとして、患者が無定見に民間療法に手を出すよりは、むしろそれぞれの民間療法に一定の評価を与え、医療サイドから積極的に指導する方が患者のコンプライアンスやQOLの改善にもつながると考えたことがあげられる。

1.ADのQOL

 QOLの質問項目は、成人群(14歳以上)に対しては、精神的負担20項目、対人関係15項目、症状自体18項目、日常生活18項目、治療12項目、仕事及び勉強8項目の合計91項目より構成される。小児群(0歳から13歳)に対しては、患者自身に関して症状自体3項目、日常生活5項目、治療1項目、家族に関して精神的負担8項目、対人関係2項目、日常生活5項目、治療2項目の合計26項目より構成される。
 これらの項目を「よくある」(3点)、「しばしばある」(2点)、「めったにない」(1点)、「まったくない」(0点)、「わからない」、「答えたくない」の6段階で評価し、それぞれに点数をつけ、総点数(HQOL score)を求めた。

 従って、成人群のHQOL scoreは、0〜273、小児群のそれは0〜78の範囲に分布する。患者の皮疹は、VASによる患者の自己評価と医師による評価によって分類し、その点数により、軽症、中等症、重症、超重症の4段階に分けた。

 図1に、成人群220名、小児群93名から得られたHQOL scoreを重症度で分析した結果を示した。HQOL scoreは、成人群では、軽症35.1、中等症58.6、重症115.0、超重症152.0であり、重症になるに従って有意に増加していた。
 一方、小児群では、軽症16.3、中等症17.0、重症18.2と有意差がなく、軽症患者であっても患者家族のHQOLの悪化が無視できないことを示している。

 HQOL scoreは前後で比較することができる。図2は、臨床症状が変化した群と変化しなかった群に分けて、各項目ごとにHQOL scoreの変化を平均したものである。
 症状変化群において、患者の精神的、社会的要素が改善しているのは当然であるが、症状が改善しているにもかかわらず治療に対する不満が残っているためか、治療に関係した項目の低減が最も小さい。

 症状非変化群のいずれの項目においても、症状変化群に比してHQOL scoreの低下が少ないことから、結局は、どのような治療手段を用いるにせよ、症状の改善をはからなければQOLの改善にはつながらないことを意味している。
 逆に、症状の改善に関係なく、HQOL scoreがほとんど変化しない項目も見られる。それは主として精神的要因が関与している項目に多く、たとえば、患者の遺伝に関する不安は容易に拭いきれない。

2.ADの民間療法

 前述したように、患者が民間療法に手を出すのは、医療に対する不信感、特にステロイドに対する不安感が大きな要因となっているが、一方でADが慢性・難治性であるがゆえに少しでも有効な治療を望む患者の貪欲さが根底にあり、それにつけ込む様々な業者やマスコミ等の無責任な情報の氾濫が原因になっているのも明らかである。
 ステロイド外用剤による症状の改善は確かにHQOL scoreの低減には寄与するが、「治療」に対する不満・不安はその後も残存する。
 ADはそれだけ精神的・心理的影響を受けやすい疾患であり、逆に民間療法を一種のプラセボとして精神面の改善に利用することもできる。何かやっていないと安心できない患者というのは意外に多いものである。
 ただ民間療法のすべてが単なるプラセボかというと、一概にそうはいえないところもある。筆者自身、積極的に民間療法を活用し、ある程度の治療効果を得ているところがあり、QOLの改善においてはかなり有効な手段になりうると考えている。

 民間療法と医療を明確に区別するのは実際困難であり、ここでは「主として民間で行われる健康保険外の治療法」と定義した。
 1995年11月に大阪府立羽曳野病院皮膚科を受診したAD患者で、受診時まで3年以上通院している766名(男358名、女408名、平均年齢20.2歳、10歳未満150名、10〜19歳178名、20〜29歳313名、30歳以上127名)を対象として、主治医によりそれぞれの項目について直接質問する形式で調査を行った。

 予備調査により比較的多く行われている民間療法、合計75項目を選択した。効果の判定は、確かに議論のあるところであるが、他の治療を併用していることもあり、患者自身の意見を採用した。
 判定は、1. よくなった、2. 変わらない、3. 悪くなった、4. わからない、の4項目とした。同時に、各民間療法に要した費用についても調査した。

 これまで民間療法を施行したことがないと回答した患者は、わずか65名(8.5%)(男33名、女32名)に過ぎなかった。
 患者が提供した項目を含めた民間療法の項目数は、患者全体で平均6.1項目であった。男5.7項目、女6.5項目であり、女の方が多かった。
 なお、最も多かったのは、10歳の女児で、46項目に達していた。
 また、サラリーマンの男性に民間療法を施行していない患者が多く認められた。

 この調査は当科に定期的に受診している患者に行われ、調査時点まで主治医がその事実を全く把握していなかった症例が大部分を占めていた。
 以上より、積極的に民間療法によるQOLの改善を意図するならば、女性または小児の方が適応であり、生活に忙しい勤労男性は適当ではないと思われる。

 表1に示したように、重症になるとともに、民間療法に手を出す患者が多くなり、平均項目数が増加していた。
 このことは、重症患者ほど民間療法によるQOLの改善を希望しており、一方で無知蒙昧に民間療法に手を出すことがかえって症状の悪化を招いている可能性も示唆している。

 要する費用の目安とともに男女で比較した結果を、施行数50以上のものを選んで表2にまとめた。元来、民間療法はかなりの費用を要するものが多く、患者に経済的な面でQOLを低下させる傾向がある。
 ただ患者の立場から言えば、当科に定期的に通院していれば、検査・投薬・交通費などでかなりの負担を強いる他に、仕事や勉学を休む必要もある。従って単純に高価というだけで民間療法を非難することは出来ない。

 ドクダミ茶、ヨーグルトキノコ、各種入浴剤など比較的安価な民間療法に施行数が多いのは当然のことと考えられるが、「それほど有効でなくても、副作用がない治療がほしい」、「もしかすれば有効かもしれないので、試してみて、きかなくてもともと」、といった患者の意識があることも事実である。患者にはそれだけ薬剤による副作用に対して「アレルギー」が強い。

 民間療法の施行数及び効果のいずれにおいても、かなりの性差が認められる。特に、女性では、化粧品を含めた様々な外用剤に対してこだわりが強いが、効果としては入浴剤や針灸などで男性より有効性が高い。

 男性では、シャンプー・セッケン類や空気清浄機などあまり労力を要しないものを選択する傾向が強く、概して玄米食、野菜スープ・ジュース、ビタミンC、無農薬食品など栄養面での改善に関係したものに有効率が高い。
 これは単に外食を減らし、食生活を改善することだけでなく、仕事から定時に帰宅し、自宅で食事をとるといった社会生活に関連したQOLの改善、それによる精神的なQOLの改善にも関係している可能性がある。

 民間療法を始めてQOLが悪化した患者には、ステロイドの外用を中止したことによる場合も少なくない。特に漢方薬などではそんな患者が多い。
 しかし、民間療法の選択が症状の悪化を招いたと考える患者は決して多いとは言えない。むしろステロイドの中止後悪化し、ステロイドに代わる治療法として民間療法に手を出している場合が多い。
 このことは、ステロイドを外用して良好なコントロールが得られている時でも、患者のQOLに十分注意を払う必要があることを示している。民間療法はまさしくそのような患者のQOLの精神的部分を改善するものとして意義があると考えられる。

文献

1. 青木敏之 : アトピー性皮膚炎のHQOL調査、平成8年度厚生省免疫アレルギー等研究事業研究報告書、平成9年3月、p25-29。
2. 角辻ほづみ、遠藤薫、吹角隆之、足立準、青木敏之 : HQOL評価によるアトピー性皮膚炎病勢の評価。皮膚、38, Suppl.18: 81-85, 1996.
3. 遠藤薫 : 民間療法、その現状と問題点。アトピー性皮膚炎治療(最新トピックス)、宮地良樹編、先端医学社、東京、1996年6月、p178-188.




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